大阪高等裁判所 昭和24年(ツ)30号 判決
上告人 信正寺
被上告人 常善寺
一、主 文
原判決を破毀し、本件を京都地方裁判所に差戻す。
二、理 由
上告理由は、末尾に添えた上告理由書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
第一点について、
原判決によれば、原審は上告人信正寺が宗教法人であることを認定した上、その主管者西村淨円が本件建物に対する占有意思を放棄したことを認定し、これに基いて上告人の請求を排斥したことが明かである。而して建物の占有意思の放棄は、建物の占有権を失う行爲であるから、不動産の処分であると云わなければならない。ところが宗教法人令第十一條によれば、寺院が不動産を処分するには総代の同意を得ることを要し、なお当該寺院が宗派に属するときはその主管者の承認をも受けることを要するものである。そうすると原審は前記占有意思の放棄を認定するに当つて、右の同意や承認の有無を審究した上、その放棄の有効無効を判断すべきであつたに拘らず、それをしなかつたのは、審理を盡さなかつたものと云わなければならない。そうすると、本件上告はすでにこの点に於て理由があるから、その余の論点に対する判断は省き、民事訴訟法第四〇七條第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大嶋京一郎 林平八郎 大田外一)
(上告理由書)
第一、原判決は宗教法人令第十一條第一項第二項に違反す。
一、上告人信正寺は宗教法人令により設立せられたる法華宗所属の寺院であり、その所属宗派たる法華宗も宗教法人令により設立せられたる宗教法人たる宗派であることは爭のない所である。
法華宗が法人であることは甲第一号証(信正寺の登記簿謄本)の所属教派、宗派又は教團の名称欄に法華宗なる名称を登記して居ることにより明白である。何となれば宗教法人令第二條第二項により「本令に於て教派、教團並に神社、寺院及教会とは各神道教派、佛教宗派及基督教其の他の宗教の教團並に神社、寺院及教会にして宗教法人たるものを謂う」と規定されて居るのであるから宗教法人令施行規則第十二條第四号の「所属の教派、宗派、又は教團の名称」も法人たる教派、宗派又は教團を意味するものである。從つて上告人の登記中に法華宗なる所属宗派が登記されて居る以上は法華宗は法人であることは爭われない所であり、甲第一号証はこれを明示して居るのである。
二、上告人もその所属宗派も法人たる以上は宗教法人令第十一條第一項第一号に依り不動産を処分するときは総代全部の同意と所属宗派の主管者の承認とを必要とするのである。原審判決は「上告人代表者主管者たる西村淨円は昭和二十一年十一月三日本件建物の占有意思を抛棄したから占有権は絶対的に消滅し從つて占有回收の訴権は行使するを得ない」と判示しているが仮令上告人が占有意思を抛棄したとしても(抛棄の認定が経驗則に違反すること後述の如し)その占有意思の抛棄は処分即ち不動産に関する占有権の処分であるから総代の同意と所属宗派の主管者の承認とを必要とするものである。
然るに上告人主管者西村淨円は宗教法人令第十一條第一項に依り行爲能力を制限されて居るにも拘らず総代の同意も所属宗派の主管者の承認も受けずに不動産の占有意思を抛棄して居るのであるからその行爲は宗教法人令第十一條第二項に依り無効となるのである。從つて上告人の占有権は消滅しないのである。
民法第二百三條の「占有意思の抛棄」とは占有者が今後自ら占有を爲すの意思を有せざる旨を表示すること、換言すれば占有権を抛棄する意思表示を謂うものなることは同條が單に「占有の意思を抛棄し」と規定する所によりても明かである(末弘嚴太郎氏物権法二四五頁、中島弘道氏民法通論三三六頁、山下博章氏物権法論二六七頁以下、三淵忠彦氏「日本民法新講物権編」七五九頁)原判決も「昭和二十一年十月二十六日ことの本件建物の占有以來被控訴人信正寺、控訴人常善寺間に於て軋轢抗爭を続けて來たがその間訴外日高知教、吉田三治郎、田原信暢等がその仲裁に努め殆んど連日に亘つて西村淨円に対し同人が信正の妻ことと対立することの不当を説きその立退方を慫慂した結果終に昭和二十一年十二月三日淨円はことの帰山に不満はないとして控訴人兼控訴寺代表者主管者としてことが本件建物を使用することを是認し、自分は同月十三日限り本件建物を立退くことを約し、その後間もなく本件建物を退去した事実を認めることが出来る」と述べて占有権の抛棄ありたる事実を認定し、占有権の抛棄を理由として上告人の占有権の消滅を認め、上告人の占有回收の訴の失当なることを判示して居るのである。ところが前述の通り宗教法人令第十一條に依れば寺院主管者は制限的行爲能力者であるから総代の同意と所属宗派の主管者の承認がなければ不動産の処分は出來ないのである。占有権の抛棄も不動産に関する処分であるから、当然総代の同意と所属宗派の主管者の同意を必要とするものである。若し同意と承認とがない場合はその占有権の抛棄は同條第二項に依り無効であるのである。
尚占有意思の抛棄を廣義に解釈する場合に於ても占有の意思の抛棄を爲す者は行爲能力者たることを要し意思能力を有せざるもの及制限的行爲能力者は之を爲すことを得ないのである(岡松参太郎氏註釈民法理由物権一二四頁以下)。
抑々寺院は物的施設として堂宇(本堂庫裡)を備え(必ずしも所有を意味せず)人的要素として主管者又は代務者が存しなければならないのであつて若し物的設備たる堂宇を五年以上失うときは宗教法人令第十三條第二項第一号の規定に依り解散を命ぜられるものであるから同令第十一條に依り不動産を処分するときは総代の同意と所属宗派の主管者の承認を必要とし寺院主管者の單なる意思に基き寺院が解散を命ぜられるようなことのないようにして居るのである。
從つて本件に於て仮令主管者西村淨円が占有の意思を抛棄したとしても宗教法人令第十一條に違反しその占有の意思の抛棄は不動産の処分であるから無効と云わねばならない。<以下省略>